正月に帰省した時の話。
実家での食事の際に、なぜか「マムシ」の話題になった。
マムシね。毒蛇の。
なんでまた、正月の楽しい食事時にそんな話を…とも思うのだけれど、
話の流れで、なんとなく話題がそっちに行ってしまった、というワケだ。
最近は実家の周りも住宅が立ち並んで
巨大なニュータウンになっているのだけれど、
もともとウチの実家は山や川や田んぼに囲まれた場所にあって
僕はそういう環境で生まれ育った。
だからやっぱり、我々としては
「自然に対する畏怖」の感覚はトラウマ的に強く持っているし、
人が集まる場面でそういった話題が出る事も
少なくないのかもしれない、と思う。
★ ★ ★
で、マムシ。
マムシは怖いぞ、って話。
ウチの父親の話によると、近所でマムシに咬まれて死んだ人が
過去に二人もいた、ということだった。
そのうちの一人のおじさんは、
田んぼでマムシに咬まれたあとに自分で毒を吸い出したのだけど、
その時、たまたま歯茎にあったほんのわずかな傷口から
毒がまわって亡くなられたそうだ。
しかもそのおじさんは、
早く病院に行けと言う家族の説得を聞かずに、
ひと風呂浴びて、熱いお茶をすすってから
慌てず騒がずゆっくりと病院に行ったらしく、
その行動が結果的に死を招いてしまった、という事だった。
おじさんの背中には
一面、内出血の恐ろしげな模様が浮かび上がっていたそうだ。
★ ★ ★
…この話はなんとも言えない生々しいインパクトに満ちていて、
自分の中のいろんな感情を刺激された。
人が一人死んでいるのだから笑い話にしてはいけないし、
そんなつもりは全くないのだけど、
なんて言うか、
やっぱりそのおじさんは
「自分はマムシに詳しい」という絶対的な自信があったのか、
「マムシごときでガタガタ騒ぐな」という男の美学のようなものがあったのか、
もしかしたら、じわりと体に異変を感じたからこそ
静かに覚悟を決めたのか…
とにかく、野山で育ったワイルドな男の生き様を強烈に感じる話で、
自分の中に大きな印象として残った。
★ ★ ★
マムシと言えばもう一つ、忘れられないエピソードがある。
幼なじみのKちゃんが小学生の頃にマムシに咬まれた話だ。
Kちゃんとは、このコラムの「ザリガニの話」の時にも
登場した近所の幼なじみで、
ぼくらの仲間内ではリーダー格の悪ガキの事。
そんなKちゃんと僕が5年生の頃だっただろうか。
朝、いつものように農道を歩いて通学していた時に、
彼は一匹の小さなマムシを捕まえた。
動物並みの運動神経で
危険な生き物を見事に手づかみした彼は、
自らの勇敢さにテンションを上げて
そのマムシを鞄のファスナー付きポケットに入れてそのまま登校した。
つまり、Kちゃんは小学校に毒蛇を持ち込んだワケだ…。
そして、休み時間ごとに
捕まえたマムシを鞄から出してクラスメイトに自慢。
一日が過ぎて、放課後になった。
無人の家庭科室前に
あらためて子分たちを集めたKちゃんが
「今からお前らにマムシの捕まえ方を教えたる」と言って手を近づけた瞬間!
彼はマムシに指先をカプッ!と咬まれてしまった。
その後は一同大慌て。
怒りにまかせて(?)殺した(らしい)
マムシの死骸を見たKちゃんの父親は
「確かにこれはマムシに違いない!」と、素早くKちゃんを病院に搬送。
Kちゃんの父親(実はウチの父親と幼なじみ)も
筋金入りの「元」野生児で、
だからこそ野山で遊んだ「実戦」の経験も豊富で
その判断は正確で迅速だった。
が、しかし、医者側としては
それが本当にマムシに咬まれた傷なのか、
確実に分からないと医学的な処置はできないワケで、
冷静に図鑑で蛇の種類を調べ始める医者と
「間違いないから、ワシの言うとおり、早よ血清を打て!」と
声を荒げるKちゃんの父親との間に一悶着があったらしい…。
…というワケで、そんなこんなの珍道中の結果、
なんとかKちゃんは無事に生還。
数日後に見舞いに行った僕に、Kちゃんは
「(ショック死の危険性があるから)
マムシの血清は一生に二回しか打てない」という情報を教えてくれたあと
「あと一回は咬まれても大丈夫やねん!」
と言いながら、病院のベッドの上で無邪気に笑った。
★ ★ ★
…あれから約30年。
今、改めて文章化してみると、
我ながら「どんだけ田舎の話やねん!」と新鮮に思ったけれど、
子供の頃の自分の周りには
こんな空気が日常的に流れていたように思う。
「子供の頃から紙のロボットを作り続けた人」という人物像で
自分の事を紹介される事が多くなってからの僕は、
「ずっと家にこもって一人黙々と工作し続けた内向的な少年」といった
ステレオタイプなイメージを先入観として持たれているな、と
感じる事が多かった。
それはそれで、大きくは間違いではないのだけれど、
なんて言うのかなぁ…
剥き出しの自然や、荒っぽい幼なじみたちとの関わりが近くて、
そして濃かったからこそ逆に空想が広がった、というか、
「自然」と「空想」は相関関係にある、というか…。
野生児的な、ある種の野蛮さと賢さを併せ持った
幼なじみたちのいたずらや悪さの数々に、
ある時は嬉々として加担し、
またある時にはあまりにも過激なノリについていけなかったり、
様々な根性試しの場面では
ビビりながらもヘッピリ腰で食らいつき…
そして、そんなコミュニティの中で
ひとり空想を紡いでいた「かわりもの」の僕を、
一つの個性として見てくれた悪ガキたちとのつながり…
たまに実家に帰ると、自分の根っこに流れてる
「原体験」や「原風景」を再認識して、
そういうものが良くも悪くも
自分の大きな土台となっているのだな、と感じるのでした。 |